今年のノーベル物理学賞は、 南部陽一郎氏・小林誠氏・益川敏英氏の三氏が受賞されました。 南部氏は、湯川秀樹博士の中間子論に触発されて物理学を志し、朝永振一郎博士のご縁でプリンストン高等研究所に進まれ、小林・益川の両氏は、坂田昌一博士の門下で学ばれました。
 仁科博士と、仁科研究室の3俊秀(湯川・朝永・坂田)との出会いとなった仁科博士の京都大学における特別講義のとき、仁科博士の遠縁でまだ学生だった坂田氏が、先輩である湯川・朝永両氏と仁科博士の橋渡しをされたというエピソードも残されています。科学振興仁科財団といたしましても、仁科研究室の3俊秀を師と仰がれるお三方のご受賞を、心よりお祝い申し上げます。

 湯川博士が日本人初のノーベル賞を受賞されたとき、インタビューに応じた仁科博士の肉声が残されています。
「 ・・・湯川君の研究というのは、実は戦前の仕事なんです。そのころは日本の経済にも余裕があり、学者は安心して仕事ができた。ところが今日の状態は、研究者もその日その日を食うということに非常に苦労している。このようなことでは第2の湯川を生むと言うことは難しい。ですから我々は、まず日本の経済の再建と言うことを努力しなければ、第2第3の湯川を生むことは難しい・・・・」
 このインタビューの中で、仁科博士は、湯川博士に続く受賞には、戦後復興を達成し学問ができる条件をととえることが必要と述べていますが、3氏の理論の完成は1970年代、実証は1990年代で、戦後復興を終えた日本の高度成長期と重なっています。
 受賞者のお一人で、「研究者としての喜びは過去のもので、ノーベル賞は社会現象に過ぎない。」と繰り返し述べておられた益川氏が、スウェーデン大使館で行われた祝賀会に出席され、「科学の研究は進歩するほどお金がかかる。莫大な経費をかけて加速器を建設していただいて私たちの理論の実証ができた。この機会に納税者の皆さまに感謝したい。」と述べられたコメントに、ゆっくりと頷かれる仁科博士のお姿を思い浮かべることができます。

 益川氏は、第14回仁科芳雄博士顕彰記念科学講演会(2002年開催)の講師をお務め下さっています。演題等は、画像(同講演会リーフレット)をご参照下さい。ご講演の内容を、「岡山物理を語る会」の皆様の編集ご協力をいただいてまとめ、講演記録集(B5判82ページの冊子)として発行しています。
 この機会に、会館用として保存しておりましたものをご希望の方に差し上げますので、メール・郵便・電話等で、仁科会館までお申し込み下さい。
 冊子は無料ですが、送料のご負担をお願いします(「送料着払い便」でお送りします。)
 メールアドレス・電話番号等は、トップページに掲載しています。