令和元年8月17日(土)
仁科会館 仁科記念ホール

 理化学研究所里庄セミナーは、仁科芳雄博士ゆかりの理化学研究所の研究者を招聘し、世界最先端の研究を一般の方々になるべく分かりやすくご講演いただいています。平成4年にスタートし今年で28回目となりました。今年は約110名の方が来場し、講演に耳を傾けました。講師の先生お二人が、各々異なる文脈で仁科芳雄博士の言葉「環境は人を創り 人は環境を創る」を引用されていた事が印象的でした。

 

演題:生命現象と「光」

講師
国立研究開発法人理化学研究所
生命機能科学研究センター
先端バイオイメージング研究チーム
チームリーダー
渡邉 朋信(わたなべ とものぶ)博士

講演概要
 私は「生命現象において、唯一無二の事象など存在せず、全ての事象に相関がある」と考えています。たとえば、光を細胞に照射すると、光は細胞内部の分子等の状態により影響を受けてから散乱されます。一方、細胞の遺伝子発現の変化は、内部の分子の種類や状態を変化させます。すなわち、細胞に光を当てた時の散乱光は、細胞の遺伝子発現を反映しており、散乱光から遺伝子発現を推定できる可能性があります。これは大小種類を問わず因果関係が複雑に絡み合う生命現象の特徴であると共に、光の新しい使い方を私たちに提案してくれます。本講演では、私の一風変わった生命観と研究戦略を楽しんで頂けるよう、お話ししたいと思います。

講演の様子
 渡邉先生は「細胞を作ること」、「細胞を見るためのレーザーを作ること」、「光学顕微鏡システムを自作して細胞を見ること」すべてができる独創的な研究チームを主宰しています。研究分野間の壁が低い理研ならではの研究チームだそうです。
 分子、DNA、タンパク質、細胞小器官、細胞、組織/器官、個体など生物には様々なスケールがありますが、それらに共通の原理があるのではないかという問題意識で研究されているそうです。そして本講演のメッセージ「生命の中では自由度が限られる」が示されました。生物の各々のスケールで、膨大な数の「個」が関係をもち「集合」を作る過程で自由度が限られることを、遺伝子と細胞の関係を例に説明されました。生物を測定する「光」として分子を測定できる「ラマン散乱」をとりあげ、生物の特徴を考慮して機械学習を用いると分子の情報だけでなく細胞の種類や状態まで識別できることを紹介されました。
 講演の要所でまとめを入れるなど、大変分かりやすいご講演でした。

 

演題:数理が開く科学の扉

講師
国立研究開発法人理化学研究所
数理創造プログラム
プログラムディレクター
仁科加速器科学研究センター
量子ハドロン物理学研究室 室長
初田 哲男(はつだ てつお)博士

講演概要
 宇宙や生命の起源を解明することは、科学者の夢です。そのような根源的な問題の解明には、自然科学の「共通言語」である数学を通した異なる分野の叡智の統合と、それに基づく分野横断的な研究展開が必要となります。本講演では、科学の歴史を紐解きながら、基礎科学や技術革新における数理の役割をまず振り返ります。つぎに、自然を理解する上での「数理パワー」を、講演者自身の物理学と生物学をまたいだ研究経験も交えてお話しします。最後に、科学と技術が手を携えて進歩する「共進化」の考え方をお話しし、今後到来が期待される「予測科学」の時代について展望します。

講演の様子
 初田先生は仁科芳雄博士のひ孫弟子にあたる研究者と自己紹介されました。
 講演ではまず、科学における数学のパワーを、有名な科学者の言葉を引用して力説されました。現代科学の謎は宇宙、物質、生命の起源であり、異なる分野の研究者の力を結集して数学パワーで解き明かすために「数理創造プログラム」を創ったそうです。次に、2015年に世界で初めて観測された重力波に関して、観測が中性子星の合体で発生したとする計算と非常に良く一致しており、アインシュタインの一般相対性理論が正しいことを示していると説明されました。そして、プラチナ・金・ウランなどの重い元素は、超新星爆発ではなく中性子星の合体によって合成されているとする新説を紹介されました。初田先生が仁科記念賞を受賞された研究「格子量子色力学に基づく核力の導出」にもごく簡単に触れられました。
 重力波の観測には最新のレーザー技術が用いられており、科学に基づく技術の進化が科学の新発見に寄与するという「共進化」が進んでいると講演を締めくくりました。