お知らせ
撮影者の子孫のご協力を得て、展示パネル「昭和30年(1955年)夏の里庄、笠岡」を作成しました。
当時の里庄から笠岡の様子を撮影した横1メートルの大型パノラマ写真で、仁科芳雄博士生家のまわりの様子、特に当時は海が近かった事が良く分かります。
仁科会館2階第1展示室で公開していますので、ぜひ見学にお越しください。
昭和30年(1955年)の夏に撮影され、仁科芳雄博士生家、祐仙土手、干拓工事中の富岡湾が写っています。
仁科博士が生家に住んでいた少年時代(明治23年~38年(1890年~1905年))と地形がほぼ同じです。当時は生家から海まで1.2キロメートルほどしかなく、生家から海が見えていたことがはっきり分かります。
山陽鉄道(現 JR山陽本線)の線路や県道は見えますが、国道2号線や仁科会館はまだありません。
里庄町浜中の小野章雄さんが撮影した5枚の写真をつなげ、1枚のパノラマ写真パネルにしました。
となりの展示パネル「仁科芳雄博士生家から海が見えた」には、明治32年(1899年)の地図が展示されており、合わせてご覧いただくと仁科博士が住んでいた当時の様子が思い浮かびます。この展示パネルとその横に展示している「神島への遠足日記」「神島への遠足ルート」につきましては、当ホームページのリニューアル記念コラム「生家から見えた海」をご参照ください。